第40回 「取扱説明書の保護を考える」その2 

本年5月に二年に一度の神田祭が開催されました。「セイヤ」、「ソイヤ」の掛け声と共に力を合わせて神輿を担ぐと日々のストレスも忘れ、爽快な気持ちになります。このような爽快感が400年を超えて存続している理由の一つかもしれません。これからも、地域の一員として伝統文化の存続に尽力して参りたいと思います。

休刊前に引き続き、取扱説明書(以下「取説」という。)の保護について考えたいと思います。前回は、保護されないケースを紹介しました。即ち、取説文章の場合、事実又はありふれた表現がほとんどであって創作性が認定されることは希であることが現実でした。裏返せば、取説の文章表現を模倣しても著作権法上の問題は無いということです。ただし、道義上の問題として苦情を言われることはあるかと思われます。
今回は、取説において保護される表現をご紹介します。東京地判平成28年07月27日平成27年(ワ)13258の判決を事例に裁判所の考え方を紹介します。本事件は、商品名「スイマーバ」という乳幼児用浮き輪の日本における総代理店である原告有限会社FUNAZAWAが同商品を販売する際に同封している説明書中の説明文、及び、挿絵の著作権に基づいて、同商品を並行輸入し、販売している被告株式会社ロイヤルが同様に同封している説明書中の説明文、及び、挿絵に対し、著作権法上の複製権侵害であるとして差し止め請求及び127万円の損害賠償請求をした事件です。そして、説明文については、前回ご紹介した論理により、ことごとく著作物性を否定されました。しかし、挿絵の一部については著作物性を認め、差止及び損害賠償判決がなされました。

(出所:http://swimava.jp/about_swimava/)

以下、挿絵に関する裁判所の考えを概説致します。

番号 原告挿絵 被告挿絵 著作物性判断
挿絵1 ありふれた表現であり、創作性を欠き、著作物ではない。
挿絵2
挿絵3
挿絵4 乳幼児の顔・頭・恰好等について著作物性を認定
挿絵5 (a)本件商品(b)乳幼児の頭部及び(c)保護者の手の個々の表現はありふれているが、組合せに著作物性を認定
挿絵6 (a)バスタブ(b)本件商品を首に着用した状態の乳幼児の全身及び(c)温度計を描いた絵に②乳幼児の足を強調するマークと③「35±2℃」の組合せに著作物性を認定

(出所:挿絵は判決文添付書類よりコピー)

以下裁判所の考え方を詳述します。

【著作物性について】
浮き輪の斜視図である上表の挿絵1及び2について、ありふれた表現であるとして創作性なしとされ、著作物性が否定されました。挿絵3についても、浮き輪の空気栓を表したものであり、個性が発揮されていないとして著作物性を否定されました。挿絵4については、原告挿絵4は、①本件商品を乳幼児に試着する場面における(a)本件商品、(b)乳幼児の上半身及び(c)乳幼児に本件商品を装着させる保護者等(以下,単に「保護者」という。)の腕を記載した絵に、②「試着してみる」との文字、3つの矢印及び円形の点線を加えたものである。上記①の絵について、(a)の部分はそれ自体としてはありふれており、(c)の部分もそれ自体としてはごくありふれているが、(b)の部分は乳幼児の顔・頭・恰好等をどのように描くかについてはある程度選択の幅がある上、(a)ないし(c)をどのような範囲でどのような位置関係で組み合わせて描くかについても、選択の幅がある。本件商品の使用方法等を示す挿絵という性質上、表現の選択の幅はある程度限られる面があるものの、上記のような絵全体としての描き方には少なからぬ選択肢が存すると考えられるところ、上記①の絵を全体として見た場合に一定の個性が発揮されていることは否定できない。そうすると、上記②の点についてはありふれたものであるにしても、原告挿絵4について、その創作性を否定して、著作物としての保護を一切否定することは相当でなく、狭い範囲ながらも著作権法上の保護を受ける余地を認めることが相当というべきである。原告挿絵4は、本件商品の取扱説明書における挿絵ではあるが,思想又は感情を創作的に表現したものであって、美術の著作物に当たるというべきである。」として著作物性を認定しました。挿絵5については、「原告挿絵5は、①本件商品を乳幼児に試着した場面における(a)本件商品,(b)乳幼児の頭部及び(c)保護者の手を描いた絵に、②ベルト部分についてベルトを締める様子を拡大して矢印付きで描いた絵を加え,さらに③「指2本分のゆとりが必要」及び「上下のベルトをしめる」との文字を加えたものである。 上記①の絵について、(a)ないし(c)の各部分はそれぞれ単独ではありふれたものであるが、これらをどのような範囲でどのような位置関係で組み合わせるか、とりわけ(c)の部分の手指を構図上どのように描き入れるかについては、選択の幅があるし、上記②の絵の組み合わせ方についても、選択の幅が少なくない。本件商品の使用方法等を示す挿絵という性質上,表現の選択の幅はある程度限られる面があるものの、上記のような絵全体としての描き方には少なからぬ選択肢が存すると考えられるところ、上記①及び②の絵を全体として見た場合に一定の個性が発揮されていることは否定できない。」として著作物性が認定されました。挿絵6についても、「原告挿絵6は、①本件商品を着用した乳幼児をバスタブに入れた場面における(a)バスタブ、(b)本件商品を首に着用した状態の乳幼児の全身及び(c)温度計を描いた絵に、②乳幼児の足を強調するマークと③「35±2℃」との数字・記号を加えたものである。と認定した上で、①の絵について、(a)及び(b)の各部分はそれぞれ単独ではありふれたものであるが、(c)の温度計をどのように簡略化して描くかについては個性の発揮が全くないとはいえない上、それを含めた(a)ないし(c)をどのような範囲でどのような位置関係で組み合わせて描くかについても、選択の幅がある。さらに、「赤ちゃんが足を伸ばしてちょうど底につくぐらいの位置」に水深を調整すべきことを表現するために、上記②のマークを加えた表現も含めると、選択の幅が少なくなく、個性が発揮されているものと認められ、美術の著作物に当たるというべきである。」として、著作物性が認定されました。

【複製か否か】
複製であるというには、同一性及び依拠性要件を満たす必要があります。

まず挿絵4に関し、
【同一性】
「原告挿絵4と被告挿絵4とは、①乳幼児の顔・頭・恰好等の描き方が、若干の表情の違いを除いて共通し、かつ、②本件商品,乳幼児の上半身及び保護者の腕の記載範囲・位置関係・組み合わせ方において共通していること、他方で、③「試着してみる」との文字、3つの矢印及び円形の点線の有無、④保護者の右手の明確な記載の有無、⑤本件商品における記載文字の明確性及び着色の濃淡など微細な点において相違している。」と認定した上で、「上記①及び②の共通点については、創作性が認められる表現であるのに対し、上記③ないし⑤等の相違点については、これらを併せても創作性は認められない。そうすると、被告挿絵4は、原告挿絵4の創作的な表現部分を再製し、これにより挿絵全体として原告挿絵4の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものである一方,新たな創作的表現を付加するものではないとみられる。」として同一性が認定されました。
【依拠性】
「被告説明書に先行して流布していた原告説明書を見て、同じ対象商品である本件商品の取扱説明書である被告説明書を作成したものであるところ、被告説明書の記載内容は、全体を通じて、原告説明書の記載内容に酷似していることが認められる。これらの事実に照らせば、被告挿絵が原告挿絵に依拠して作成されたことは優に推認される。」として、依拠性が認定されました。

挿絵5に関し、
【同一性】
「①本件商品、乳幼児の頭部及び保護者の手の記載範囲・位置関係・組み合わせ方が、全体の構図における保護者の手指の描き入れ方を含め、共通し、かつ、②本件商品の絵に対するベルトを締める様子の拡大図の組み合わせ方や③「指2本分のゆとりが必要」及び「上下のベルトをしめる」との文字部分においても共通していること、他方で、④乳幼児の表情に若干の違いが見られるほか、⑤本件商品の着色の濃淡、⑥ベルトを締める様子の拡大図の大きさなど微細な点において相違していることが認められる。上記①及び②の共通点については、これらを併せると創作性が認められる表現であるのに対し、上記④ないし⑥等の相違点については、これらを併せても創作性は認められない。そうすると、被告挿絵5は、原告挿絵5の創作的な表現部分を再製し、これにより挿絵全体として原告挿絵5の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものである一方、新たな創作的表現を付加するものではないとみられる。」として同一性が認定されました。
【依拠性】
挿絵4と同様の理由で依拠性が認定されました。

挿絵6について、
【同一性】
「①温度計の簡略図の描き方、②バスタブ、乳幼児の全身及び温度計の記載範囲・位置関係・組み合わせ方において共通し、かつ、③乳幼児の足を強調するマークや④「35±2℃」との数字・記号部分においても共通していること、他方で、⑤着色の仕方(赤色の有無を含む。)において相違し、⑥バスタブの形に多少の違い、⑦乳幼児の表情や体型等に若干の相違点があることが認められる。上記①ないし③の共通点については、これらを併せると創作性が認められる表現であるのに対し、上記⑤ないし⑦等の相違点については、これらを併せても創作性は認められない。そうすると、被告挿絵6は、原告挿絵6の創作的な表現部分を再製し、これにより挿絵全体として原告挿絵6の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものである一方、新たな創作的表現を付加するものではないとみられる。」として同一性が認定されました。【依拠性】
挿絵4と同様の理由で依拠性を認定しました。

【まとめ】
以上から、挿絵4~6については、著作物性及び複製が認定され、被告の著作権侵害と判断され、被告に対し挿絵4~6の使用差止と損害賠償が判決されました。したがって、現存物をそのまま描いた挿絵(イラストレーション)はともかく、描き方の表現に選択の余地がある挿絵は、原則、著作物性が認定されると思われます。したがって、取説上の挿絵とはいえども、無用な争いを避けるため、模倣すべきでないと考えます。

以上

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