第32回 「職務発明制度改正」その2 特許法第35条第4項の解説

今回は弊事務所近くにある淡路坂をご紹介します。JR御茶の水駅側の聖橋の南詰から神田川に沿って東に下る坂です。江戸時代、坂上西側に鈴木淡路守の屋敷があったことから、この名が呼び慣わされたのでしょう。以前ご紹介した昌平橋の袂から右手に明治時代に造られた旧万世橋駅の遺構の煉瓦壁を見ながら上りはじめ、聖橋まで200メートル位続く緩い坂です。

今回は、特許法第35条第4項について解説致します。
1 第4項改訂内容
職務発明の特許を受ける権利の譲渡の見返りとして、旧法では「相当の対価」としていたものを、「相当の金銭その他の経済上の利益(相当の利益)」に変更された。
(1)意義
旧法においても、「相当の対価」の意味は、発明に対するインセンティブ(※)であったが、その意味を明確にするため、「相当の利益」とした。性格的には、労働法における「功労報奨」に近い。
※インセンティブとは、意欲向上や目標達成のための刺激策。個人が行動を起こすときの内的欲求に対して、その欲求を刺激し、引きだす誘因。
(2)なぜ「相当の利益」であることを明確にする必要があったのか?
「相当の対価」であると、裁判において、特許を受ける権利を承継することに対する対価と、解釈される恐れがあるため。また、対価を決定する際の評価要素として、発明の経済的価値に論議が集中しやすいため。さらに、インセンティブ手法が金銭給付に特化しているため。
一発明多人数関与や一製品多特許化に起因する対価訴訟リスクが再燃するおそれがあったため(多人数の場合、各人の寄与率設定が困難な実情、多特許の場合、各特許の寄与率設定が困難な実情)である。
(3)「相当の利益」の意義
「相当の金銭その他の経済上の利益」である。
「相当の金銭」(従来通り「金銭」)or「その他経済上の利益」
「その他経済上の利益」とは、
①使用者等負担による留学の機会の付与(金銭の発生は明らか)
②ストックオプションの付与(将来的に金銭の発生は明らか)
③金銭的処遇の向上を伴う昇進や昇格(金銭的処遇向上が必須)
④法律及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与(付与したけど、不消化で2年経過した場合、経済上の利益ではないのでは?⇒協議で合意すればこれもOKか?)
⑤職務発明に係る特許権について専用実施権の設定又は通常実施権の許諾(自己実施する気がないのに設定又は許諾されても経済上の利益ではないのでは?⇒協議で合意すればこれもOKか?)
(4)相当の利益を付与することは使用者等の義務?
「従業者等が・・・相当の利益を受ける権利を有する」との規定であるため、使用者等は原始的に相当の利益を付与する義務は無い。
しかし、「従業者等は相当の利益を受ける権利を有する。」ので、従業者等が使用者等に対し相当の利益を請求した場合、使用者等は相当の利益を与える義務がある。⇒発明者請求をきっかけとする補償制度の根拠となる。
(5)その他の条文との関係はあるか?
①第5項
規則等により、相当の利益を定める場合、協議の状況、開示の状況、意見の聴取の状況等を考慮して、相当の利益を与えることが不合理であってはならない。
「場合」であるので、相当の利益を予め定めることは必須ではない。
定めが無い場合、第7項によって相当の利益が認定される。
②第6項
経産大臣は第5項を定めるための指針を公表する。
(6)効果
金銭以外でも相当の利益になることが明確になり、多様な報奨制度設計ができる。

以上

次月は特許法第35項第5項について解説します。

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