第26回 「今話題の著作権について」

今回は一寸変わったものを紹介します。委員会や研修会出席のため、霞ヶ関にある弁理士会館によく行くのですが、その途上に文部科学省があります。内堀通りに面する旧文部省庁舎と文部科学省庁舎(霞ヶ関コモンゲート東館)との間の中庭に、国歌に出てくる「さざれ石」が展示されています。外見的には、小石や砂利が固まって一つの岩を形成しています。説明書きには、石灰石が雨水に溶解して、その石灰分を含んだ水が、時には粘着力の高い乳状体となり、地下で小石を集結し、次第に大きくなったものだそうで、岐阜県春日村山中より移設とのことです。意外と身近な処にある珍品を訪ねては如何でしょうか。

さて今回は世界中?を騒がせている、2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムの著作権問題について考えたいと思います。結局、このエンブレムの採用は無くなりましたが、知的財産権の面からはどうでしょうか。

1.適用権利(商標権or著作権)について
ニュースで最初にこの話題を知ったとき、何の権利に基づいてデザイナーは異議を唱えているのであろうか、恐らく、著作権か?と思った次第です。その後、商標の話がでましたが、最終的には著作権一本に落ち着きました。
2.著作権の保護規定
現在、殆どの国(166カ国)がベルヌ条約に加盟していますので、著作権は著作物の創作と同時に発生し、同盟国は同盟国の国民の著作物及び同盟国で最初に発行された著作物を保護する義務を負っており、その保護期間は、個人創作の場合、創作者の死後50年間、職務著作で法人が権利者の場合、発表の時から50年間有効です(TTPでは70年)。
しかし、著作権者のリエージュ劇場、又は、創作者のオリビエ・ドビ氏が権利行使する場合、すなわち、差し止め請求権、損害賠償請求権、不当利得返還請求権、又は、名誉回復措置請求権を行使する場合、同盟国毎に提訴しなければならず、その費用と工数は膨大な数値になり、その負担に耐えられるか疑問です。戦術としては、訴訟提起国は地元のベルギーに絞って戦うことが得策であると考えます。
我が国においては、我が国の著作権法に基づいて保護されます。
我が国において、著作権を侵害した場合、侵害者に対し10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金に処せられ、法人に対しては3億円以下の罰金に処せられます(親告罪)。
3.著作権侵害
次に我が国での著作権侵害の成立要件について考えます。
著作物を著作権者の許諾を得ないで無断で利用(複製等)すれば、著作権侵害となります。ただし、許諾なく使える場合に該当するときは、無断で利用しても著作権侵害にはなりません(著作権法30条他)。また、著作者に無断で著作物の内容や題号を改変したり(同一性保持権)、著作者が匿名を希望しているのに著作物に勝手に本名をつけて発行したりすれば(氏名公表権)、著作者人格権を侵害することになります。
3-1 著作物
まず問題になるのは、エンブレム(記章)が著作物であるか否かということです。
著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定されています(著作権法第2条第1項)。「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく、創作者の何らかの個性が表現されたものをいいます。したがって、著作権によって保護されるのは表現であって、アイデア、理論、又は、思想、若しくは、ありふれた表現は、は保護されません。
エンブレムは、概念又は人物を抽象的あるいは具象的に表したものであるので、思想又は感情を創作的に表現したものであって、美術の範囲に属する著作物であると考えます。
3-2 著作権侵害
著作権は、特許権等の絶対的権利に対し、相対的権利であり、仮に同一の著作物を創作した場合であっても、個別独立して創作した場合、著作権侵害にはなりません。今回は、著作物が似ているというケースですので、翻案権が問題になります。
「翻案」とは、既存の著作物に依拠(依拠性)し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ(直接感得性)、具体的な表現形式を変更(類似性)して新たな(創作性)著作物(有体性)を創作する行為をいいます。翻案権侵害を主張する者は、前記各項目について立証しなければなりません。以下、翻案の要件を項目毎に検討します。
①依拠性
「依拠」とは、あるものに基づくこと。よりどころとすることをいいます。
換言すれば、ドビ氏のエンブレムが用いられているのはベルギーの第5の都市である、東部ワロン地域のリエージュ州の州都リエージュ市にあるリエージュ劇場です。この劇場は、ベルギー国王が建立した劇場であり、旧施設時代はテアルト・ド・ラ・プラスと呼ばれていましたが、2013年の新施設建築と同時に「リエージュ劇場」と改称されました。しかし、「リエージュ劇場」は、我が国における認知度が極めて低く、当該エンブレムが表示された観劇チケットやPRポスターを我が国において目にすることは皆無に等しいと考えられます。創作者の佐野研二郎氏が欧州に行った際に目にした可能性はありますが、確率的には極めて低いと考えられます。一方、インターネットにおいて「liege」で検索するとベルギー-観光局のHPがヒットし、ワロン地方liegeとして表示されますが、観光スポット等には「リエージュ劇場」は登場しません。そうすると、佐野研二郎氏がインターネットで見たことを立証することは極めて困難であると考えます。
②直接感得性
直接感得性とは、オリジナルの著作物を直接に脳において感じ取れることをいいます。したがって、本件の場合、類似性を有すれば、直接感得性を有すると考えます。
③類似性
類似性のあるものとは、「既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての創作性の認められる部分」についての表現が共通していることをいいます。
以下の2項目において共通性を有すれば、類似性を満たすと考えます。
(ⅰ)「表現」部分の共通性:著作物の「表現」が共通すること
この「表現」とは著作物の全体を言うのでしょうか、それとも、一部分であっても良いのでしょうか? 当然全体ではなく、一部であっても著作物として認められます。しかし、ありふれた表現、例えば、四角とか〇、△は単独では著作物になりませんので、どの範囲を著作物として見るのかが重要になってきます。そこで、下表に示すように、全体、図形部全体、及び、図形部の一部を比較してみました。
リエージュ劇場エンブレムにおいて、最低の図形単位は、縦長四角部、及び、縦長四角部の上端部左方において間隔を置いて配置された下向き三角形上部、及び、下端部右方において間隔を置いて配置された上向き三角形部が著作物の最小の単位になると考えます。この点、東京オリンピック等のエンブレムにおいては、右上の赤丸が無いと異なる印象を受けますので、赤丸が必須であると考えます。そうすると、著作物の表現は共通しないと考えます。

(ⅱ)「創作性」ある部分の共通性:著作物の「創作的」部分が共通すること
リエージュ劇場エンブレムにおいて、最低の図形単位は、縦長四角部、及び、縦長四角部の上端部左方において間隔を置いて配置された下向き三角形上部、及び、下端部右方において間隔を置いて配置された上向き三角形部が著作物の最小の単位になると考えます。この点、前述したように、東京オリンピック等のエンブレムは、赤丸部がアクセントを付けており、赤丸付きが最小単位であると考えます。そうすると、創作性ある部分は共通しないと考えます。
④創作性
創作性とは、個性がなんらかのかたちで発揮されていれば足り、厳密な意味での独創性までは必要ありません(判例・通説)。この意味において、東京オリンピック等のエンブレムは創作性を有すると考えます。
⑤有体性
有体性とは、有体物であることです。
エンブレムは有体物に該当します。

結論
以上より、東京オリンピック等のエンブレムは、リエージュ劇場エンブレムの翻案には該当しないと考えます。
すなわち、リエージュ劇場等の著作権を侵害せず、単なる言いがかりに過ぎないということです。
そうすると、リエージュ劇場側の狙いは、和解金目当てか知名度向上ということでしょうか?

おまけ
下記のスペインのデザイン会社のエンブレムも話題になりましたが、これは表現の類似と言うよりも、黒、白、銀、赤という色使いのアイディアが共通している程度であり、著作権法上なんら問題になりません。

以上

創造性のある著作物保護に

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