第24回 「プロダクトバイプロセスクレームの最高裁判決について」

早いものでこのコラムを書き始めて2年を経過しようとしています。今回は弊所より直線距離で20メートル程離れた場所において、ビルの谷間にこじんまりと鎮座する延寿稲荷神社をご紹介します。ここは江戸時代、越前大野藩4万石の土井能登守の上屋敷だったそうで、土井家の守り神として福井の本家より勧請され、関東大震災後に流行った疫病を鎮めるため再建されたそうです。写真でおわりのように、間口が一間程の狭い境内に銀杏の木が印象的です。こんな小さな神社ですが、例大祭が毎年行われているそうです。

さて今回は、6月5日に最高裁の差戻判決が出されたプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(以下「PBPクレーム」という。)について、考えたいと思います。
本事件は、平成24年1月27日に出された原審の非侵害判決を追認する知財高裁大合議判決に関する判決です。なお、事件の概要につきましては、行末の参考情報をご参照ください。

知財高裁大合議判決は、PBPクレームが「物」に及ぶ場合として、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情(以下「直接的特定困難事情」という。)が存在することを特許権者が立証した場合、真正PBPクレームであるとし、「直接的特定困難事情」を立証できない場合(不真正PBPクレーム)、記載した製法によって製造された物にのみ及ぶとすることを判示しました。
一方、最高裁判決は、PBPクレームは「物」に及ぶとし、「直接的特定困難事情」を立証できない場合、発明明確性要件(特許法第36条第6項第2号)を充足しないとして、拒絶理由、又は、無効理由に該当すると判示すると共に、発明明確性要件(特許法第36条第6項第2号)を審理させるために事件を知財高裁に差し戻しました。
すなわち、今後は、「直接的特定困難事情」が存在しない場合、PBPクレームは明確性要件を満たさないとされ、拒絶理由が発せられ、又は、無効理由を有することになると思われます(法第49条第4号、同123条第1項第4号)。
そうすると、上記拒絶理由、又は、無効理由を克服するには、出願当初の明細書、意見書、上申書、又は、答弁書において「直接的特定困難事情」を釈明する必要があるということになります。この「直接的特定困難事情」を立証できるかどうかは、極めて疑問です。なぜなら、無効理由がないことを証明する場合と同様、存在しないことを立証するには、膨大な労力とコストをかけても極めて困難であると考えるからです。
そうすると、PBPクレームは、我が国では実質的に認められないのではないでしょうか。
PBPクレームは、多様な記載を認めて国際調和を図るために導入されたと記憶しています。その意味において、欧州、米国等諸外国における運用と比較検討してみたいところです。
PBPクレームによって発明を保護する技術分野は、極めて狭い範囲であると考えますが、実務的対応としては、PBPクレームと物の製造方法のクレームの二本立てで特許出願し、「直接的特定困難事情」が問題になった場合、その時点での立証に最善を尽くすということが良いのではないでしょうか。
一方、テバ社と協和発酵キリン社との争訟の帰趨も気になります。
差し戻し審理において、明確性要件が問われますが、恐らく、明確性要件を立証できずに無効理由を有することになり、また、製造方法特許に訂正することもできず、最終的に協和発酵キリン社が勝訴するのではないかと思われます。

【参考情報】
1. PBPクレームとは
「PBPクレーム」とは、製造方法によって生産物を特定するクレームです。したがって、あくまでも保護されるのは、最終的な「物」です。
(1)真正PBPクレーム
物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合、製造方法のいかんにかかわらず、最終的に製造された物に特許権の効力が及ぶ。
(2)不真正PBPクレーム
物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在しない場合、その技術範囲は、クレームに記載された製造方法によって製造された物に限定される。
2. 原審(東京地裁)
東京地裁平成19年(ワ)第35324号 侵害差止請求事件
原告 テバ
被告 協和発酵キリン
判決 製造方法を含めて技術的範囲を解釈し、被告製品は第一段階を充足しないとして非侵害と判断した。
特許 第3737801号
発明の名称 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物
請求項1 「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること
を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」
3. 知財高裁大合議判決(控訴審)
知財高裁平成22年(ネ)第10043号 侵害差止請求控訴事件
判決 本件特許は、真正PBPクレーム要件を満たさないので不真正PBPクレームである。被告製造物は構成要件府充足であるので侵害しない。
4. 最高裁判決
平成24年(受)第1204号 侵害差止請求上告事件
判決 審理差戻
判決概要
真正PBPクレームとして解釈すべきであると断定した上で、特許法第36条第6項第2項を下記のように論じている。
特許法36条6項2号によれば、特許請求の範囲の記載は、「発明が明確であること」という要件に適合するものでなければならない。特許制度は、発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって、特許権者についてはその発明を保護し、一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより、その発明の利用を図ることを通じて、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とするものであるところ(特許法1条参照)、同法36条6項2号が特許請求の範囲の記載において発明の明確性を要求しているのは、この目的を踏まえたものであると解することができる。
この観点からみると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に、その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば、これにより、第三者の利益が不当に害されることが生じかねず、問題がある。すなわち、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において、その製造方法が記載されていると、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか、又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり、特許請求の範囲等の記載を読む者において、当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり、適当ではない。他方、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては、通常、当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが、その具体的内容、性質等によっては、出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり、特許出願の性質上、迅速性等を必要とすることに鑑みて、特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど、出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。そうすると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法を記載することを一切認めないとすべきではなく、上記のような事情がある場合には、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても、第三者の利益を不当に害することがないというべきである。 以上によれば、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。
以上と異なり、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、そのような特許請求の範囲の記載を一般的に許容しつつ、その特許発明の技術的範囲は、原則として、特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して確定されるべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本判決の示すところに従い、本件発明の技術的範囲を確定し、更に本件特許請求の範囲の記載が上記4(2)の事情が存在するものとして「発明が明確であること」という要件に適合し認められるものであるか否か等について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」として差し戻した。

以上

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