第70回コラム「日鐵とトヨタ自動車訴訟の妄想」

 2021年10月14日、日本製鐵株式会社(以下「日鐵」という。)がトヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ」という。)と宝鋼集団有限公司(以下「宝鋼」という。)を無方向性電磁鋼板に関する特許権侵害で東京地裁に提訴したとのニュースが流れました。更に、12月23日、日鐵が三井物産株式会社(以下「三井物産」という。)を同様に提訴したとのニュースが流れました。
日鐵のプレスリリースを確認すると、宝鋼に対しては損害賠償請求、トヨタに対しては損害賠償請求と差止請求をしています。
(日鐵プレスリリース:https://www.nipponsteel.com/common/secure/news/20211014_100.pdf
 日鐵にとって、トヨタは大口顧客であるため、通常であれば提訴しないと思いますし、日本を代表する大企業が裁判所において争うことは極めて異例であるため、背景を自由勝手に妄想してみました。
 3社の関係については、下記連関図に取りまとめました。

  【連関図】

1、日鐵の特許
 まず、訴訟の基になった特許を調べてみました。
 報道によれば、出願が2010年、登録が2014年の特許権のようです。そこで、無方向性電磁鋼板×日本製鐵×出願日2010年×登録日2014年で調査したところ、以下の3件の可能性が高いと思われますが、製造方法の立証は困難であるため、(1)又は(3)における組成物特許に基づいて提訴したものと思われます。
(1)特許第5447167号「無方向性電磁鋼板およびその製造方法」
(2)特許第5560923号「圧延方向の磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板の製造方法」
(3)特許第5601078号「無方向性電磁鋼板およびその製造方法」
 何れも、日本出願のみであり、対応外国特許はありませんでした。したがって、知財訴訟は我が国においてのみ可能です。

2、日鐵の事情
 日鐵社長の橋本英二氏は、昨年3月に「内需の減少に加えて、輸出でも採算が取れない厳しい状況が続く」(出所:2021年3月11日日経ビジネスより抜粋)と述べています(※1)。
 これは、高い技術力を要しない一般的な鋼材は、中国、インド等の外国勢にコスト面で太刀打ちできないということであると推測されます。また、今後、カーボンニュートラル達成のためのカーボンフリー製鉄技術を開発するため、巨額の開発費が必要であることが予想されます。
 したがって、日鐵にとって、高収益を上げる無方向性電磁鋼板は、今後の自社戦略にとって欠くことの出来ない虎の子製品であることが強く推測されます。

3、日鐵の訴訟準備
 日鐵は本件に関しプレスリリースにおいて、トヨタ及び宝鋼のそれぞれと協議を行ってきましたが解決できなかったと述べています。
 日鐵は、そのような話し合いと並行して、トヨタ車のモーターに使用されている無方向性電磁鋼板が特許発明の技術的範囲に属することを確認するため、トヨタ車を購入し、モーターに使用されている無方向性電磁鋼板の組成分析を行い、技術的範囲に属することを確認した上で提訴したことは確実であると考えます。車を購入し、組成分析に係る費用を考慮すると、大企業でなければ出来ないことであると思います。
 日鐵が、自社製無方向性電磁鋼板と宝鋼製無方向性電磁鋼板をどのように区別しているか不明ですが、組成の違いがあるものと思われます。

4、なぜ三井物産を提訴したか
 前記しましたように、日鐵は本件に関連して三井物産をやや遅れて提訴しました。三井物産は、ご承知の通り、商社ですから、宝鋼とトヨタとの間の仲介をしているものと思われます。この場合、三井物産は輸入元になっている可能性、又は宝鋼に代わって特許保証をしている可能性が推測されます。
 宝鋼による実施行為をしていないとの反論を考慮したのかも知れません。即ち、宝鋼は我が国において、無方向性電磁鋼板を製造、輸入、及び販売もしておらず、実施行為(※2)をしていないので、特許権侵害をしていないとの反論が想定されるからだと思われます。

5、トヨタの事情
 トヨタの購買基本戦略は、コスト削減、安定供給であると思われます。安定供給のため、例え特許技術であっても、特許権者に対し、他のメーカーにライセンス供与を求め、複数購買先を確保することが基本戦術であると思われます。
 この基本戦略、戦術に基づいて、日鐵に対しても特許発明に係る無方向性電磁鋼板の複数購買を求めたものと思われます。近年の自然災害を考慮すると、従来以上に複数購買を求めたものと思われます。
 これに対し、日鐵は虎の子製品であることから、当然にライセンス供与を拒否したものと思われます。そこで、トヨタは強行突破して宝鋼からの購入を決定したものと思われます。トヨタとしても、日鐵の大客先であるトヨタを訴えることはないだろうとの読み間違いがあったかもしれません。
 なお、トヨタは宝鋼が他社特許を侵害していないとの特許保証をしているので問題はないと主張しているようですが、このような抗弁は通用しないことを百も承知であると思われます。
 他にも大きな理由があると思われますので、皆様も妄想してみて下さい。

※1 製鉄会社の粗鋼生産量ベースの世界シェア(2020年)

(出所:https://deallab.info/steel/

※2 特許法第2条第3項
3 この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあっては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
二 方法の発明にあっては、その方法の使用をする行為
三 物を生産する方法の発明にあっては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

以上

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