第97回コラム 「疑似漆喰模様赤瓦意匠権侵害事件からの教訓」

 今回は、東京メトロ・都営浅草線「人形町」駅より徒歩約1分の場所に鎮座する、正一位橘稲荷神社(たちばないなりじんじゃ)(中央区日本橋人形町3-8-6)をご紹介します。当稲荷ははじめ御殿山にあったものが、のちに江戸城内へ移り、さらに玄冶※1に賜って当地へ移された。数百年に亘り、素朴な信仰の対象として土地の人々により守り継がれて来た。特定の個人や企業の所有ではなく、町のお稲荷さんとして親しまれている。大正以降、運よく震災・戦災を免れて来たが、老朽化の為このほど地元町民多数の浄財により再建された。(境内掲示より)。

※1:幕府の御殿医だった岡本玄冶

【正面】
 
【神額】
 
【社殿】
 
【石碑】
(筆者撮影)

 今回は、著名な建築家及びゼネコンが関係する意匠権に関する判決が目に付いたので、事件の内容を紹介し、私が感じた教訓を紹介します。
 本事件の概要は以下の通りです。
 石垣市は、災害対策等のため市庁舎を旧石垣空港跡地の高台へと移転することを決定し、基本設計を著名な隈研吾建築都市設計事務所に依頼し、建設工事は大成建設(株)を主体とする共同企業体等が受託し、施工は2019年7月~2021年11月、工事費約89億円で建造されました。
 石垣市は「石垣の風景を継承するみんなが集う石垣市の新たなランドマーク」の基本理念の下、沖縄の魅力を出すため屋根を沖縄赤瓦風(商標登録第5205201号)に葺くこととしました。
 伝統的な沖縄赤瓦は、平瓦に相当する雌瓦と、丸瓦に相当する雄瓦によって構成され、瓦どうしの隙間を漆喰で塗り固めることにより、瓦の赤色と漆喰の白色による色彩が美観を感じさせる構造です。

 【石垣市庁舎】
 出所:けんせつPlazaWebサイト2022-12-05記事より
 https://www.kensetsu-plaza.com/kiji/post/40037
【沖縄赤瓦構造】
出所:厚生労働省Webサイト
https://waza.mhlw.go.jp/iimono/sentei/29-3/torikumi1.html

 施工された赤瓦は、伝統的な沖縄赤瓦構造ではなく、疑似漆喰模様の赤瓦です。建設コスト等の関係であると思われます。
 登録意匠に係る疑似漆喰模様瓦は、小林瓦工業(株)、碧南窯業(株)、及び(株)神仲(以下「小林瓦等」という。)が共同開発し、2017(H29)年6月16日に特許出願をしました。小林瓦等は、新庁舎の隣接地で耐久性試験も行っていたようですが、建設に用いられたのは他の業者(丸鹿セラミックス(株)、(有)三州鬼瓦センター、(株)ハイオーニー(以下「丸鹿セラミックス等」という。))の製品が採用されたようです。
 このため、小林瓦等は自社製品が模倣されたとして不正競争防止法に基づく差止めの仮処分を東京地方裁判所に申し立て、2020年11月6日から2021年3月30日まで譲渡禁止等の仮処分が決定されました。しかしながら、これでは終わりませんでした。
 本事件の経緯の概要を下図に示します。

【本事件の経緯】

 小林瓦等は、原特許出願の出願時において新規性喪失例外適用申請において表明した公開事実の前日に、小林瓦等が隈研吾建築都市設計事務所に疑似漆喰模様赤瓦の写真(甲4)、カタログ(甲5)をEメールにより送信していました。

【写真】
【カタログ】

 小林瓦等は、2017/06/16に、新規性喪失例外の適用申請と共に、疑似漆喰模様赤瓦及びその製造方法の特許出願を行いました。さらに、前記特許出願の分割特許出願2件に基づいて、全体意匠及び部分意匠の意匠登録出願を行い、何れも登録されました。

【特許出願図面】

 小林瓦等は、2021年11月に、施工に用いられた疑似漆喰模様赤瓦の製造者である丸鹿セラミックス等に対し、意匠権に基づく差止めの仮処分を提訴したところ、設計者である隈研吾建築都市設計事務所及び施工業者である大成建設(株)が利害関係人として補助参加しました。意匠権に基づく仮処分申立は、特許よりも早く登録されたためと思われます。

【意匠登録第1670710号(部分意匠)】
 

 意匠登録第1663938号(全体意匠)は、上図の鎖線が実線で表される。
 利害関係人は、意匠権に基づく仮処分申立の対抗策として、上記Eメールの写真、カタログに基づく新規性違反及び共同出願違反(隈研吾氏が共同創作者)を理由として意匠登録無効審判を特許庁に請求しました。
 特許庁は、新規性違反を認定し、無効審決をしました。
 小林瓦等は、無効審決を不服として知財高裁に審決取消訴訟を提起しました。
 知財高裁は、新規性違反を認定して無効審決を支持しました。
 新規制違反の争点は下記(1)と(2)でした。
 (1)小林瓦から隈研吾建築都市設計事務所に疑似漆喰模様赤瓦の写真(甲4)、カタログ(甲5)をEメール送信したことにより新規性を喪失したか?
 (2)Eメール送信した疑似漆喰模様赤瓦の意匠と登録意匠は類似するか?
 知財高裁は、上記争点に対し以下のとおり判断しました。
 (1)新規性喪失
 明示の守秘義務又は秘密保持を感得させない状態での開示であるので、新規性は喪失した。
 (2)類比判断
  両意匠の大きな相違点は、下記Cとcです。
 C  女瓦の中央部近傍に左右に横切る段差が設けられている。
 c  コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分と面一である。
 両意匠で最も異なるのは、本件登録意匠では、「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に隆起している。」とされているのに対し、Eメールで送信された意匠では、「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分と面一である。」とされているところである。
  そうすると、本件登録意匠と本件Eメール送信の意匠とで最も異なる具体的構成のcに係る、コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に隆起している(本件意匠)との部分については、瓦全体からみると隆起による差異はごくわずかであり、特に瓦屋根の施工後においては、その隆起の程度も屋根全体からみて相対的に小さいことから、コ字状のラインの模様には需要者の注意がいくものの、その隆起の程度にまでは注意がいくものとは認め難い。
 そうすると、前記需要者の観点からみた場合、本件意匠と本件Eメール送信瓦の意匠は類似するというべきである。
 私は、この事件より以下の教訓を得ました。
1,出願を完了してから第三者に公開する。
2,出願を完了出来ない場合、第三者へ開示する場合には秘密保持依頼を明示する、好ましくは秘密保持契約を締結する
3,新規性喪失例外申請は、事情をきちんと把握し、最先の公開に基づくこと(弁理士の責任大)
 皆さんにおいてご参考になれば幸いです。

以上