第19回 「職務発明制度について」

本年も大寒を過ぎ、最も寒い時期になりました。20代の頃はこの時期、毎週のようにスキーを楽しんでいましたが、最近はめっきりご無沙汰しています。皆様方におかれましては健康に留意され、元気に乗り越えられることを祈っております。

神田淡路町に事務所を開いて感じたことは、この界隈に江戸や明治の名残を残す史跡や坂道が多いことです。そこで、今月からしばらくの間、事務所周辺の史跡などを少しずつ紹介したいと思います。
今回は、JR御茶ノ水駅前の新名所「ワテラス」の南側にある「新坂」を紹介します。この新坂の標識の裏面には、「明治維新の後、新たに開かれたる道路なり、昔は観音坂と紅梅坂の間、阿部主計頭の屋敷にして、此処より駿河台に登る通路なかりし、崖の上には今も旧形を存せる彼の練塀の外囲ありしなり、此の練塀を道幅だけ取毀(とりこわ)して道路を開きたり。ゆえに俗呼んで新坂といへり」と書かれています。江戸時代には、現在の財務省主計局長にあたる方の邸宅の一部だったんですね。どの様な方だったのでしょうか、屋敷の造りは?等々妄想が広がります。

さて、今回の本題に入りたいと思います。
職務発明制度に関する最近の話題は、その帰属を原始的に使用者にするか、従来通り発明者にするかですが、本年1月12日付日経新聞の朝刊に、現行の職務発明制度に関し、初めて司法判断が出された旨の記事が掲載されましたので、その判決内容を皆様にご紹介したいと思います。
事件の書誌情報は下記の通りです。
事件番号 平成25年(ワ)第6158号 職務発明対価請求事件
東京地裁平成26年10月30日判決言渡
原告 個人
被告 野村證券株式会社
事件の概要
元野村証券社員が、職務発明2件の従業者への譲渡対価として2億円を会社に求めた事件です。対象になった発明は、リスクチェックの実行を伴う証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法に関します。

本訴訟においては、以下の(1)及び(2)が争点になりました。
(1)被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性(特許法35条4項)ⅰ
(2)相当の対価の請求の可否及び金額(特許法35条3項及び5項)

裁判所は、最も興味を引く(2)に関し、「特許を受けられないことが確定していること、被告(野村證券)に本件発明に基づく独占的利益が生じていたと認めることはできないことから、本件発明について相当の対価の支払を請求することはできないものと解するのが相当である。」旨判断し、使用者等が受けるべき利益等の判断基準を示すこと無く却下しました。したがって、最も興味深い35条第5項については何ら判断がされませんでした。一方、勤務規則等に対価の支払い等を定める際の手続き(同上第4項)について、初めての判断を示しました。職務発明規定を定め、又は、改訂する際の手続きについては、今後も踏襲されると考えられるますので、今後を含めて合理性を担保する必要があります。
本訴訟における被告は我が国でトップの證券会社である野村証券(株)であり、筆者のみならず読者の皆様も驚かれると思いますが、職務発明規定の作成、又は、改訂する際の、協議や開示等が極めて不十分な状況であり、結果として特許法第35条第4項 の規定を満たさないことから、勤務規則等の定めにより対価を支払うことは合理性を欠くと認定されました。特許庁ではホームページⅱにおいて、合理的な手続きについて公表 しているにも拘わらず、東証1部の大会社であっても、初歩的なミスをしています。
読者の皆様においてはこのようなことは無いと思いますが、もし、現行の職務発明規定に関する手続き面での不安があるのであれば、この判決を契機に見直し、不覚を取らないようにすべきと思います。

以下、本訴訟における原告及び被告の主張、並びに、裁判所の判断の要旨を下記しますので、ご参考にして下さい。
(1)原告・被告(野村證券)の主張
本訴訟において、原告は被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性を主張するために、職務発明規定の成立性の違法性を主張し、被告の野村證券も正当性を以下のように主張しました。

(2)事実認定
裁判所は(1)に関し、以下の①~④を事実認定しました。
①平成16年法律第79号が平成17年4月1日に施行された後、被告発明規程1 を改正するとともに、被告発明規程2 を策定したこと。
②被告が、原告の入社の際又はその後に、被告発明規程に関する協議を原告と個別的に行ったり、その存在や内容を原告に説明したりすることはなかった。なお、被告が被告発明規程を策定又は改定するに当たり被告の従業員らと協議を行ったことをうかがわせる証拠はないこと。
③被告発明規程1は、被告が社内に設けているイントラネットを通じて被告の従業員らに開示されており、原告もその内容を確認することができたこと、及び、被告発明規程2は,従業員らに開示されておらず、原告が本件発明に係る特許を受ける権利を被告に承継させる前に原告に個別的に開示されることもなかったこと。
④被告発明規程には、対価の額の算定について発明者からの意見聴取や不服申立て等の手続は定められていない。また、被告がこれまでに職務発明をした従業員に出願時報奨金及び取得時報奨金を支払った例はあるが、事前に支払をする旨の通知をしたにとどまり、当該従業員からの意見の聴取はされていないこと。
(3)判断基準
その上で以下の判断基準を提示しました。
不合理であるか否かは、
① 対価決定のための基準の策定に際しての従業者等との協議の状況
② 基準の開示の状況
③ 対価の額の算定についての従業者等からの意見聴取の状況
④ その他の事情
を考慮して判断すべきものとされている。
そうすると、考慮要素として例示された上記①~③の手続を欠くときは、これら手続に代わるような従業者等の利益保護のための手段を確保していること、その定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になることなど特段の事情がない限り、勤務規則等の定めにより対価を支払うことは合理性を欠くと判断すべきものと解される。
(4)当てはめ
① 被告は,被告発明規程の策定及び改定につき、原告と個別に協議していないことはもとより、他の従業員らと協議を行ったこともうかがわれないし(上記(1)ア)、② 被告において対価の額、支払方法等について具体的に定めているのは被告発明規程2であるが、これは原告を含む従業員らに開示されておらず(同イ)、③ 対価の額の算定に当たって発明者から意見聴取することも予定されていない(同ウ)というのである。 さらに、④ その他の事情についてみるに、まず、対価の支払に係る手続の面で、被告において上記①~③に代わるような手段を確保していることは、本件の証拠上、何らうかがわれない。
次に,対価の額及び支払条件等の実体面については、被告発明規程2の定める出願時報奨金及び取得時報奨金の額(特許1件当たりそれぞれ3万円及び10万円。前記前提事実(5))は、いずれも他の企業と比較して格別高額なものとはいえない(上記(1)エ)。また、実施時報奨金については、上限額の定めはないものの、この点は多数の企業と同様の取扱いをしているにとどまり(同上)、被告において他社より高額な対価の支払が予定されていたとは解し難い。なお、実施時報奨金の支払につき、被告発明規程1が単に「発明又は考案の実施により当社が金銭的利益を得たとき」としているのに対し、これを受けて定められた被告発明規程2は「特許権又は実用新案権の取得したものに限る」としているが、特許権等の取得を要件としたことの根拠も本件の証拠上明らかでない。
以上によれば、被告が原告に対し被告発明規程の定めにより対価を支払うこと(出願時報奨金のみを支払い、実施時報奨金は支払わないとすること)は不合理であると判断するのが相当である。

以上

ⅰ 特許法第三十五条
4  契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。
ⅱ ☆新職務発明制度における 手続事例集(下記特許庁のHPでご覧ください)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/sinshokumu_hatumi.htm
ⅲ 被告発明規程1
(報奨金)
第5条 当社が社員等から承継した職務発明について、特許又は実用新案の出願を行ったとき、当該職務発明に係る特許権又は実用新案権を取得したとき、及び発明又は考案の実施により当社が金銭的利益を得たときには、当該職務発明を行った社員等に対して出願1件ごとに報奨金を支払うものとする。

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