第116回コラム 「弾塑性履歴型ダンパ特許権侵害訴訟からの学び」

今回は、メトロ東京半蔵門線「清澄白河駅」から徒歩約2分に鎮座する深川稲荷神社(フカガワイナリジンジャ)(江東区清澄2-12-12)をご紹介します。同社は、寛永7(1630)年の創立で布袋尊が祀られ、深川七福神の一つとのこと。小名木川が近く、多くの船大工が住んでいたとのこと。石玉垣に昭和の大横綱大鵬幸喜氏の名がありました。

【鳥居】
【神額】
【社殿】
【石玉垣】

(筆者撮影)

今回は、非侵害とされた地裁判決が、知財高裁において一部が一転して侵害とされた案件についてご紹介します。

特許第5667716号の発明の課題及び解決手段は下記の通りです。

● 課題(従来技術の問題点)

従来の剪断パネル型ダンパは一方向の水平力にしか対応できず、地震の入力方向が予測困難な場合に減衰性能が不十分である。
設置時に高精度な角度調整が必要で、施工性や汎用性に課題がある。

● 解決手段(本発明の特徴)

向きの異なる二つの剪断部を連結部で一体化し、複数方向からの地震入力に対応可能な構造を採用した。
剪断部は鋭角で傾斜配置され、地震時に塑性変形してエネルギーを吸収する。
波形・V字・U字・馬蹄形など多様な形状で設計可能であり、設置方向の自由度が高い。
孔部の形成により降伏点を調整し、通常鋼材でも低降伏点鋼に近い性能を実現した。
補強部やプレート構造により、上部構造との接合性と耐久性を向上した。

[本件発明1(請求項1)の構成](従属項は省略)

A 建物及び/又は建造物に適用可能な弾塑性履歴型ダンパであって、

B 一対の第一補強部と、

C 前記一対の第一補強部を連結し、互いの向きを異ならせて設けられた板状の一対の剪断部と、

D 前記一対の第一補強部の両端間にそれぞれ接続した一対のプレートを備え、

E 前記剪断部は、前記第一補強部に対して傾斜を成し、

F 前記第一補強部は、前記剪断部に、該第一補強部と該剪断部とのなす角が鋭角となるように形成され、

G 前記剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とする

H 弾塑性履歴型ダンパ。

【図面】

[被告製品の構造]

判決書において、被告製品の構造は開示されていないため、判決書の記載をそのまま採用しました。

[東京地裁判決要旨](東京地方裁判所令和3年(ワ)第15964号)

1.被告ダンパは、鉛直方向の力のみが加わるということになる、と認定しました。

2.原告は「履歴ループによるエネルギー吸収機能」があれば該当すると主張しました。

3.裁判所は、本件各発明におけるダンパは、その剪断部に複数方向からの入力があり、その剪断部がそれに対する入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とするもの(構成要件G、H)で、あると解するのが相当であり、構成要件Gに係る「入力」は、「複数方向からの入力」を意味し、本件各発明のダンパは、ダンパに対して複数方向からの入力があることを前提として、その剪断部が複数方向からの入力により荷重を受けたときに変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とするダンパであると認められる、と認定しました。
結果、裁判所は、被告製品において、実際の力の方向は限定的であり、複数方向からの入力を前提とする本件発明とは異なると認定しました。

4.均等論

裁判所は、プレートの有無が性能の安定性に関わる本質的構成であり、均等とはいえないと判示しました。

{知財高裁判決(中間判決:充足論)}(令和3年(ワ)第15964号)

まず、原告は令和4年4月14日付けで訂正審判を請求しましたが、最終弁論時には確定していなかった。
しかし、令和6年3月28日、本件訂正を認め、無効審判請求を不成立とする旨の審決がされました。
これに対し、被控訴人(被告)は、知財高裁に審決取消訴訟を提起しましたが、棄却判決がなされて確定したことによって、同審決は確定しました。
その後、訂正審判が確定し、本件発明1は以下のようになりました。

この結果、被控訴人による特許無効の抗弁は撤回されました。

1.本件発明1(請求項1)(筆者において訂正部に下線部を付した。)

A  建物及び/又は建造物に適用可能な弾塑性履歴型ダンパであって、

B  一対の第一補強部と、

C’ 前記一対の第一補強部を連結し、互いの向きを異ならせて設けられた板状の一対の剪断部と、前記一対の剪断部は、連結部を介して一連に設けられ、

D  前記一対の第一補強部の両端間にそれぞれ接続した一対のプレートを備え、

E  前記剪断部は、前記第一補強部に対して傾斜を成し、

F  前記第一補強部は、前記剪断部に、該第一補強部と該剪断部とのなす角が鋭角となるように形成され、

G  前記剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とする

H  弾塑性履歴型ダンパ。

[知財高裁での論点]

充足論における争点は下記1-1~1-4であり、判決において、被告製品5及び6は何れも充足し、被告製品1~4は非充足とされました。

● 争点1-1

被告ダンパは、「入力」を受けるものであるか(構成要件G)

構成要件Gの「前記剪断部」が指し示すものは、「一対の剪断部」(構成要件C’)を構成する各「剪断部」であるから、構成要件Gの「入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」のは、各「剪断部」が有する特徴であって、これは、剪断部が有する一般的な機能が記載されているにすぎないと解される。そうすると、構成要件Gの「入力」は、「剪断部」に対して外部から与えられる荷重であれば足り、特定の方向に限定されるものではないと解するのが相当である。

被告ダンパが備える各ウェブ部は、「入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」ものであると認められるから、被告ダンパは構成要件Gを充足する。

● 争点1-2

被告ダンパが弾塑性履歴型ダンパに当たるか(構成要件A、H)

「弾塑性履歴型ダンパ」とは、材料のヒステリシスループ(履歴ループ)によるエネルギー吸収を利用したダンパを意味するものと解されるところ、被告ダンパは、材料のヒステリシスループ(履歴ループ)によるエネルギー吸収を利用したダンパであると認められるから、被告ダンパは「弾塑性履歴型ダンパ」に当たり、構成要件A及びHを充足する。

● 争点1-3

 被告ダンパに「補強部」が存在するか(構成要件B、C’、D、E、F)

被告ダンパの平行板部は、ウェブ部の面外変形や座屈を防ぐ目的を有する部材であるから、「補強部」に該当すると認められ、被告ダンパは、構成要件B、C’、D、E及びFを充足する。

● 争点1-4

被告ダンパが「一対のプレート」に接続されているか(構成要件D)

「一対のプレート」とは、二個で一組となる金属を薄く平たくしたものであると認められる、と認定しました。

 (1) 被告Σ形ダンパ5

被告Σ形ダンパ5を構成するウェブ部及び平行板部は、2枚の接続プレートに挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれ接続プレートに直接溶接されているところ、2枚の接続プレートは、同じ形状の長方形の金属板であって、ウェブ部及び平行板部を挟む形で左右両側に配置されているから、これらが「一対のプレート」に該当すると認められる。

 (2) 被告Σ形ダンパ6

 被告Σ形ダンパ6を構成するウェブ部及び平行板部は2枚の補剛材に挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれ補剛材に直接溶接されていることが認められる。上記2枚の補剛材は、同じ形状の長方形の金属板であって、ウェブ部及び平行板部を挟む形で左右両側に配置されているから、これらが「一対のプレート」に該当する。

なお、被告Σ形ダンパ1~4は、平行板部及びウェブ部の一端が垂直板部に溶接されており、垂直板部は、耐力パネルを構成する柱にボルトで固定されている。他方、平行板部及びウェブ部の他端は、耐力パネルを構成する鋼管(被告Σ形ダンパ1~3)又は溝形鋼(被告Σ形ダンパ4)に直接溶接されていることが認められる。垂直板部と鋼管又は溝形鋼が、二個で一組となる金属を薄く平たくしたものということはできないから、被告Σ形ダンパ1~4は、「一対のプレート」を備えていると認められない(構成要件D非充足)。

また、鉛直方向という単一方向の力のみしか加わらないと評価するのが相当であるから、被告Σ形ダンパ1~4は、少なくとも、構成要件G所定の「入力」があることを前提として、その剪断部がそのような複数方向からの入力により荷重を受けたときに変形してエネルギー吸収を行うもの(構成要件G)であるものとは認められないと判示しました。

【本訴訟からの学び】

地裁判決において、「入力」という文言を「複数方向からの力」に限定解釈しました。

そして、地裁は「入力」という文言を「複数方向からの力」に限定解釈し、被告製品は一方向入力しか想定していないため、技術的範囲に属しないと判示しました。

知財高裁においては、「発明の課題、解決手段等明細書の記載を総合的に解釈すれば、「入力」とは、「剪断部」に対して外部から与えられる荷重であれば足り、特定の方向に限定されるものではないと解される。」と判示しました。

以上より、月並みですが、技術的範囲の解釈にあたっては、明細書における記載を総合的に判断することが重要です。

以上